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2009年4月 7日 (火)

表題が歴史だし、ネタ切れも勘案して食いついてみる

コネタマ参加中: 歴史上の人物、誰が好き?

タイトルまんまの状態なのだがここでありきたりな偉人を挙げても自分としてはつまらないのでマイナーな人物を紹介してみる。

私が好きな人物は原半左衛門、新助兄弟。

誰?と首をかしげるのが大半だと思う。郷里の歴史に深くかかわった人物だが、それでも郷里でこのを知る人が多いわけではない、むしろ少ないと断言できる。

彼らは八王子千人同心千人頭原家に生まれ、寛政十二年(1800年)同志を募って北海道に入殖した屯田兵の先駆けとでも言うべき事業を行った人物だ。

八王子千人同心とは徳川家康が江戸に入った際、甲州口の防備を固めるために武田家の遺臣をかき集めて八王子近辺に集住させて発足している。当時関東は徳川家所領となってまだ日も浅く、北条征伐も記憶に新しかった。八王子はその際豊臣方に激しく抵抗した地であり、また江戸が東からの攻撃で危機に直面した際甲州口はその退路として有望視されていたこともありこの地の安定化は最優先事項の一つだったらしい。その方策として設置されたのがこれである。

徳川家は武田家を滅ぼした織田方と思う人も多かろうと思うし、歴史に聡い人なら『三方が原の戦い』など戦火を交えた例もあることをご存知だろう。しかし、徳川家は東海に覇を唱えた今川家を継承する形で勢力を伸張しており、周知の通り今川と武田は関係が深い、家康の長男信康は武田との内通を疑われて信長に自刃を命じられ、井伊の赤備えは武田にあやかったものである。そんなこんなで武田の滅亡後徳川に身を寄せた武田の遺臣は少なからず存在したようだ。さらにいうなら家康の息子の一人は若くして世を去ってはいるが実際に武田の名跡を継いでいたりする。

話が大幅にずれたので元に戻す。そのような経緯を持って設置された八王子同心だが、その扱いはかなりザルだった。彼らは設置経緯の都合上その地に土着している。よく言えば古き武士そのままの生活、悪し様に言えば武士とも農民とも取れる半端な身の上だった。それゆえそのどちらにも身の置き所がなく憎悪すら買っていたため江戸期を通じて将軍のお膝元でしばしば騒動の種となったりしたらしい、身分制度が巷間に流布するほど厳格だったわけではないと聞くがそうなればこのような半端な身の上がどのようにあしらわれるかは想像に難くはないと思う。八王子同心も上位ともなれば旗本クラスの禄高があったというが大半は御家人以下の捨扶持があてがわれていた、無論その上位者が旗本として遇されるわけではない。その上日光勤番などの賦役が経済的に重くのしかかって同心株の売買が横行し千人同心とは名ばかりで実数はそこまでとても及ばなかったらしい。

そんなわけで江戸も寛政年間に入る頃には彼らの将来に暗い影がさして不思議ない状況だったのである。千人同心に限ったことではないがこの時代の武家社会は生まれが過半を決する閉塞した状況だった。江戸市中の旗本御家人らと同様彼らの屋敷にも部屋住みや厄介人が溢れかえり鬱屈していたものと思われる。そんな彼らが人でごった返す江戸市中に入ればどうなるか?江戸期を通じて騒動の種となった背景にはそういった状況もあった。

件の原兄弟はこの状況を打破せんとひとつの方策を実行に移したのである。

それが『蝦夷地入植』だった。

当時はロシアの南下政策ともない蝦夷地近辺でロシアと揉め事がにわかに表面化しだしていた。具体的に大黒屋光太夫漂流事件といった事例が発生し、北方警護が声高に叫ばれていた。それに伴い幕府も蝦夷地支配を任せていた松前藩ではその任に堪えないとみなして蝦夷地直接経営に方針を転換し始めていた。

原兄弟はそこに目をつけ、将来に希望を見出せないものたちを引き連れ新天地の開墾に当てるという明確な目標を与え、さらには北方警備の一翼を担うという形で武士としての面目も保てるという一石二鳥の策を思い至ったのである。

これが今日のその時(笑)寛政十二年4月八王子千人同心の北海道入殖である。

結果は大失敗でしたけどね。

吹きっ晒しの掘っ立て小屋に煎餅布団とぼろぼろの麻の着物を何枚重ね着したところで今よりはるかに厳しい極寒の大地で越冬できるはずもなく、寒冷地農業の経験も作物もなければ当然収穫の望みもないわけですよ。結果、栄養失調とビタミン不足による壊血病なんかで犠牲者が続出して事業は頓挫したそうな。

こんな歴史上の人物はいかがでしょう。

戦国武将もいいけど、戦国時代は実のところ史料が非常に少なくて調べてもつまらなかったり・・・そこいくと江戸時代は史料が豊富で歴史に埋もれた偉人が数多く存在しているわけでそこに光を当てるのはなかなか面白いですよって事でエンドクレジットを入れてみる今日の駄文。

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